壬申の乱

672年7月24日~8月21日に起こった古代日本最大の内乱

年号語呂合わせ 
ろくな人間じゃない (672) 壬申の乱

無難(むなんに)に乗り切る壬申の乱


 天智天皇(てんじてんのう)が亡くなった後、天皇の弟の大海人皇子(おおあまのおうじ)と天智天

皇の子の大友皇子(おおとものおうじ)との間で皇位継承を争って戦うことになる。

これが壬申の乱である。


天智天皇は生前、自分の子である 大友皇子を後継者にしたがってたと聞き、大海人皇子は奈良県

の吉野に身を潜めます。

そして天智天皇が亡くなり 大友皇子が後を継ぐと大海人皇子は挙兵し朝廷軍を攻め内乱を起

こします。


近江以外の地方豪族は殆ど 大海人皇子側に付いたと言われており、大友皇子の朝廷軍を各地で

破り、最終決戦瀬田橋の戦い(せたばしの戦い) で大海人皇子が勝利。


 大海人皇子は近江(滋賀県)から再び飛鳥(奈良県)に都を移し、天武天皇(てんむてんのう)と

なります。 






 壬申の乱を解かりやすく解説した動画

※動画※ 壬申の乱・天皇の誕生・その時歴史が動いた