小牧・長久手の戦い

天正12年(1584年)

天正12年(1584年)

本能寺の変で、天下取りにあと一歩で倒れた織田信長

その家臣である羽柴秀吉 がその意思を継いで天下取りに行くが、それに待ったをかけたのが徳川家康 

信長含め、戦国三英傑と言われるこの2人が唯一激突した戦いである。


動画で見る”小牧・長久手の戦い”バラエティー番組
 



羽柴秀吉軍8万  仲間 石田光成

徳川軍  2万  仲間 織田信雄 (おだのぶかつ)

家康不利に思われたが、四国の長宗我部 元親(ちょうそかべ もとちか)や北条氏等、反秀吉の有力

大名と 同盟を結んでいた。


秀吉軍は犬山(愛知県犬山市)の楽田(がくでん)、家康軍は小牧山(小牧市)に陣をしいてにらみ合い

が続いてたが、秀吉軍の池田恒興(いけだつねおき)の案で別働隊が家康の本拠岡崎に向けて奇

襲攻撃に出ることに、、、。


しかし、その情報をキャッチした徳川軍と長久手の地で激突。
 

この戦いで、秀吉軍は池田恒興、元助(もとすけ)父子、森長可(ながよし)といった有力武将を失い、家

康軍が勝利しました。
 

しかし、家康側についていた信長の次男 織田信雄 (おだのぶかつ)が秀吉と和睦。


元々 信雄の依頼で兵を挙げた家康は戦をやめ、秀吉の天下取りをバックアップする事となる。




小牧・長久手の戦いが行われた場所

小牧と長久手、結構距離があります。


 
長久手古戦場駅 (ながくてこせんじょうえき)

なんとそのままのネーミング  愛知高速交通東部丘陵線(リニアモーターカー)の駅です。



古戦場公園

園内には 池田恒興の亡くなったとされる場所に石碑があり、入場無料の長久手市郷土資料室

では小牧・長久手の戦いが解かりやすくパネルで展示。ジオラマもある。



色金山歴史公園

徳川軍の拠点とされているこの地には、家康が合戦時に腰掛けて軍議を開いたとされる石が

残されている。 


小牧山城跡(小牧城) 地図を北にスクロール

現在は小牧市歴史館となっており、 建物の近くには、当時の石垣が残っています。

この施設、なんと名古屋市に住んでいた実業家、故平松茂さんが私財を投じて建設して小牧市

に寄贈した物だそうです。


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